一般に表具とは、裂地(きれじ)または紙を、糊(のり)を用いて張り合わせ、掛軸・巻子・経本・書画帖・額・屏風・衝立・襖などを仕立てる技術、および仕立てたものを指す言葉です。仕立てることを「表装」と称することもあります。

裂地・・・書画や美術作品の周囲を彩る布地。正絹(しょうけん)・金襴(きんらん)・緞子(どんす)・木綿・麻など、用途に応じて選ばれます。

表具には大きく京表具・金沢表具・江戸表具があり、これらは三大表具と呼ばれます。

江戸表具

2022(令和4)年11月16日、掛軸巻子屏風衝立壁張付の7種の江戸表具が、経済産業省伝統的工芸品に指定されました。 江戸表具に見られる意匠は、町人文化が栄えた江戸らしく、粋ですっきりとした仕上がりが特徴です。

自然素材を活用し、職人の高度な技術で作られ受け継がれてきた「江戸表具」。 近年は和室の減少により需要は減少していますが、その工芸としての価値と尽きない魅力を、現代の生活のなかで生き生きと活用できるよう、洋室にも適した製品づくりなどの新たな取り組みが行われています。

伝統マークR6-016
伝東京都伝統工芸品
東京都伝統工芸品

表具の歴史

飛鳥時代ごろ、遅くとも平安時代に、中国か ら仏教とともに、経巻、仏画などを保護・装飾 する技術として日本に伝わったとされています。
各時代の中心地には大きな寺院が多く、経典・仏画などの表装に対する需要も高かった奈良ではじまり京都で発達しました。
時代の流れと共に仕事の内容も多様化。江戸時代になると、掛軸、屏風、襖なども扱われるようになりました。また茶道の隆盛と表具は深く関係しており、茶道具の一つとして認知されていったことで日本で独自の発展を遂げていきます。

江戸表具のはじまり

江戸の町で表具の生産が活発になったのは江戸時代初期。参勤交代制度のもと江戸藩邸の増築が進み、お抱え職人が多く上京し定住したことで町人文化が発展しました。書画が大衆にもなじみ深い文化の一つとなり、江戸表具の文化も花開いていったのです。

江戸と京都では気候風土の違いがあるため、それらに合わせ、使用する糊の濃さなどに違いが見られ、道具や作業工程の呼び名にも違いがあります。今あるものをより使いやすく、新しい形にするのが好きな江戸の職人により、刷毛などの道具も使い勝手の良いよう、かたちが変化しています。

「風俗画報第91号(明治28(1895)年発行)」人事門の中にある「新撰百工図」の経師職の文中には、江戸と京都の表具の違いについて次のような記述があります。

『江戸と京都では糊の使い方も異なる。江戸は京都と違い風が強いので、掛軸に風が当たることで、裏打ちが剥がれたり、反り返ったりしがちである。糊を加減して濃い目で使うのが良い。江戸の表具師が京都に行ったり、京都の表具師が江戸に来たりして、環境の違いを考えずに仕立てをすると、技術の巧拙に関わらず、上手くいかないことがあると言われている。 』 (訳文)

衣食住之内家職幼絵解ノ図第四(国立国会図書館デジタルコレクションより)
衣食住之内家職幼絵解ノ図第四
(国立国会図書館デジタルコレクションより)

江戸表具の意匠

江戸表具に見られる意匠は、町人文化が栄えた江戸らしく、粋ですっきりとした仕上がりが特徴です。
江戸時代に贅沢を禁じられた町人は洒脱な風格の中に贅沢な素材をひそませ遊んでいました。江戸表具でもそのような意匠が表現されています。 いっぽう元禄文化が花開いた時代の艶やかな意匠も江戸表具の特徴の一つと言えます。
常に新鮮な刺激を求め進化する都市、江戸東京。江戸表具も同様にその意匠も変貌し続けることでしょう。

表具師・経師

表装を職業としている人を、表具師(ひょうぐし)または経師(きょうじ)と呼びます。

経師とは、もともと、経巻の書写を業とした人、経文を巻子に表装する職人を指す言葉でした。書画の掛軸、屏風、襖などを表具する職人のことです。
経師の「師」は、「匠」と同義語であり、どの時代にも技能をもって一家を為す人の意味でした。またその数も限られ、職人としての選ばれた人たちでした。
自他共に社会的地位を確保し、年輪を重ねていくことによる精進は、常に研鑽と工夫を怠ることなく、日進月歩の時代の中にも偉大な足跡を残してきたのです。

経師(浮世絵)
経師(浮世絵)
彩画職人部類
彩画職人部類

扱う対象(掛軸、屏風、美術品は表具師、襖、障子、壁紙などの日用品は経師)によって表具師・経師と、呼び分けられる場合もありますが、現代では総称して表具師の名称で呼ばれることも増えています。

表具は多種多様な技術を保有した職人によって作られます。また素材の種類も多岐に渡ります。
顧客の要望に合わせて、その知識と審美眼から紙や布などの素材を選び、職人の技法に敬意を表し、その価値を守り高めつつ、現代のニーズに応える新しいデザインや技術をも取り入れ、価値を形にして世界に送り出す、それが表具師の仕事です。また、完成した表具の修理なども担い、継続的な使用を可能にします。

表具は日本の伝統文化と深く結びついており、表具師は文化財の保存・継承にも貢献する重要な存在です。

風帯作り
風帯作り
裏摺り
裏摺り

現代に生きる
江戸表具

表具は和室にしか置けないものではありません。
洋式の現代建築でも、掛軸、屏風、衝立などをリビングルームや寝室、エントランスに飾ることで、ジャパンモダニズムを感じる空間となります。
襖を洋室の間仕切りとして取り入れる工夫も可能です。素材の持つ温もりを感じ上質な空間となるでしょう。
近年では、表装に使う絹地もバリエーションに富んでいて、美しいモダンな和紙も数多く存在しています。
職人の手のよる伝統工芸を、ご自宅のインテリアイメージに合わせて取り入れたり、自分だけの表具をアートのように飾って楽しみませんか。

掛軸を飾った寝室
作家:QIAN YUAN
掛軸を飾ったエントランス
作家:岡路貴理
江戸表具を新規に作成なさる際や、お使いの表具類を作り替えられる際には、是非伝統的な技術・技法、良き素材のものを用いていただけることを願います。
その施工には江戸表具を継承する東京表具経師内装文化協会の表具師(会員)に、ご用命いただければ幸いです。

「江戸表具」
は2022(令和4)年11月16日に
経済産業省伝統的工芸品に
指定されました。

伝統マークR6-016
伝東京都伝統工芸品
東京都伝統工芸品
  • 製品
    掛軸、巻子、襖、屏風、額、衝立、壁張付
  • 技術・技法(製法)
    告示」を参照
  • 原材料
    告示」を参照
  • 伝統的技術・技法、原材料によって製作された「江戸表具の製品(作品)」には、「伝統証紙」が貼付されます。

告示

  1. 伝統的工芸品の名称

    江戸表具

  2. 伝統的な技術又は技法
    1. 掛軸及び巻子(かんす)にあっては、次の技術または技法によること。
      1. 本紙及び布地の裏打ちは、「肌裏打ち」をした後、「増裏打ち」をすること。
      2. 本紙の周囲に「切継ぎ」をすること。
      3. 打刷毛を用いて「上裏」を行い、乾燥後に「裏摺り」をすること。
    2. 屏風、額、襖及び衝立にあっては、次の技術又は技法によること。
      1. 下張りは、「骨縛り」、「ベタ貼り」、「蓑張り」、「蓑押え」、「回りすき」、及び「袋張り」によること。
      2. 屏風の蝶番は、「羽根付け」によること。
      3. 仕上げの張り込みは、「上張り」によること。
    3. 壁張付にあっては、次の技術又は技法によること。
      1. 下張りは、「廻りベタ・総ベタ」、「袋張り」、及び「清貼り」によること。
      2. 仕上げの張り込みは、「上張り」によること。
  3. 伝統的に使用されてきた原材料
    1. 紙は、和紙とすること。
    2. 布地は、絹、木綿、葛布若しくは芭蕉布又はこれらと同等の材質を有する織物とること。
    3. 糊は、正麩糊又はこれと同等の材質を有するものとすること。
  4. 製造される地域
    • 東京都
      千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区、八王子市、三鷹市、府中市、調布市、東村山市、国立市、福生市、武蔵村山市
    • 埼玉県
      さいたま市、川越市、春日部市、草加市、戸田市、比企郡滑川町、比企郡川島町
    • 千葉県
      浦安市
    • 神奈川県
      鎌倉市
  5. 指定年月日

    令和4年11月16日

江戸表具を新規に作成なさる際や、お使いの表具類を作り替えられる際には、是非伝統的な技術・技法、良き素材のものを用いていただけることを願います。
その施工には江戸表具を継承する東京表具経師内装文化協会の表具師(会員)に、ご用命いただければ幸いです。
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