江戸表具の製作には、裂地・紙・糊・木材・金物・陶磁器など多様な材料が用いられます。また、用途や工程に応じて数多くの道具が使い分けられています。

裂地(きれじ)

金襴(きんらん)

金糸・金箔糸を緯(よこ)糸に用いて文様を織り出した、高度な織技術による裂地です。華麗な光沢と重厚な存在感があり、格式の高い掛軸・屏風などに古来より用いられてきました。文様や織りの密度によって格調が変わり、作品の格を上げる「表具の要」とされる素材です。

銀襴(ぎんらん)

銀糸・銀箔糸を用いて文様を織り出した裂地で、金襴に比べて穏やかで涼やかな光沢を持つのが特徴です。過度な華美さを抑えつつ上質感を与えるため、仏表具や近代作品の軸装にも幅広く用いられています。

緞子(どんす)

光沢のある絹糸を用い、紋織(もんおり)によって文様を表した表具用裂地で、滑らかな手触りと深みのある艶が特徴です。上品で落ち着いた気品を備えています。掛軸・額・屏風など幅広い用途に適し、作品の雰囲気を引き立てる代表的な裂地です。

無地

文様を持たない裂地です。「魚子(ななこ)」:落ち着いた風合い、「絓(しけ)」:紬糸による独特の表情、「䋚(パー)」:しなやかな薄地、など多様な素材があります。作品を妨げず調和を整えるため、古典から現代の表具まで広く用いられる基本の裂地です。

金襴
(きんらん)

銀襴
(ぎんらん)

緞子
(どんす)

無地

正麩糊(しょうふのり)/新糊

小麦粉からグルテンを分離・精製したでんぷん糊で、文化財の修復や表具、絵画の裏打ちなどに使われる伝統的な接着剤です。水と混ぜて煮ることで粘り気のある糊になります。保存料を含まないため、時間が経つとカビが生えたり、粘着力が落ちたりします。

正麩糊(しょうふのり)/古糊

新糊を甕(かめ)に入れ水を張り、冷暗所で数年〜10年ほど寝かせて熟成させた糊で、接着力が弱く、柔軟でしなやかな仕上がりが得られます。掛軸や巻物の中裏打ち・総裏打ちなど、後の修復で剥がしやすさが求められる工程に最適で、軸装の質を左右する重要な材料です。

布海糊(ふのり)

海藻の布海苔を煮溶かして作る天然糊で、和紙や絵絹を傷めず軽い接着に適することから、古くより文化財の修理等で重用されています。水に溶けやすいので、一度張った面も水気を加えると容易に剥がすことができます。

膠(にかわ)

牛・鹿などの皮や骨を煮出して作る動物性のゼラチン質接着剤で、乾燥後の強度と耐久性に優れ、日本画・工芸・表具の基礎を支える重要な材料です。顔料の定着剤として絵絹や和紙に色をしっかり固定し、修復の場面では絵具の剥落防止にも用いられます。

正麩糊/新糊
(しょうふのり)

正麩糊/古糊
(しょうふのり)

布海糊
(ふのり)


(にかわ)

紙(和紙)

美濃(みの)

岐阜県美濃地方で伝統的に漉かれる和紙。柔らかく繊細でありながら強靭で耐久性にも優れています。「本美濃紙」は伝統的な楮原料と製法を継承する手漉き紙として、国の重要無形文化財・ユネスコ無形文化遺産に登録されています。表具では裏打ち紙の基準とされる代表的な和紙です。

美栖(みす)

奈良県吉野地方で古くから漉かれてきた楮紙で、胡粉(ごふん)を漉き込み、漉き上げ直後に干板へ伏せて天日乾燥させる「簀伏せ(すぶせ)」によって、薄手で柔らかな紙質に仕上がります。掛軸の増裏打ちに不可欠な表具用和紙として重用されてきましたが、現在は漉き手が大幅に減少しており、技術保存が課題となっています。

宇陀(うだ)

奈良県吉野地方で漉かれてきた楮紙で、原料に白土(はくど)を漉き込むことで透け止めと防虫性・耐久性・弾力性を持たせているのが特徴です。柔軟性がありながら強靭で、掛軸の「上裏(総裏)打ち紙」に最適とされ、古くから国宝・重要文化財の修復にも用いられてきました。

石州(せきしゅう)

島根県西部・石見地方で約1300年にわたり漉かれてきた和紙で、地元産の楮(こうぞ)を中心とした原料と独特の原料処理により、非常に強靭で耐久性に優れているのが特徴です。古くは大阪の商人の帳簿紙として重宝され、火事の際には井戸に投げ込んで守ったという逸話も残っています。

間似合(まにあい)

雁皮(がんぴ)を原料とする和紙で、襖の半間幅(約90cm)に継ぎ目なく張れることから「間に合う」紙と名付けられ、中世以来、上質な襖紙や書画用紙として用いられてきました。江戸時代には越前と名塩が二大産地となり、現在も名塩では岩石粉を混ぜた独自の名塩雁皮紙(間似合紙)が漉かれています。

細川

埼玉県小川町を中心に受け継がれる楮(こうぞ)紙で、長い楮繊維を流し漉きで絡み合わせることで強靭で毛羽立ちにくい紙に仕上がります。紀州・細川村の細川奉書の技術が江戸期に伝わったことに由来し、その製法は国の重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

美濃
(みの)

美栖
(みす)

宇陀
(うだ)

石州
(せきしゅう)

間似合
(まにあい)

細川

仕上げ材

葛布(くずふ)

葛の蔓の靭皮繊維を手作業で糸にし織り上げた布で、軽さ・強さ・光沢を備えるのが特徴です。鎌倉時代から作られ、静岡県掛川市を代表産地とし、芭蕉布(ばしょうふ)・科布と並ぶ日本三大原始布の一つにも数えられます。現在は襖紙・壁紙や民芸品など幅広い用途に用いられています。

芭蕉布(ばしょうふ)

沖縄県大宜味村喜如嘉で作られる伝統布で、糸芭蕉の繊維を用い、栽培から織りまで全て手作業で仕上げます。軽く通気性の良いさらりとした風合いが特徴で、琉球王国時代には王族の衣装に使われ、現代では高級な襖紙としても用いられます。国の重要無形文化財にも指定されています。

唐紙(からかみ)

中国の紋唐紙を起源とし、和紙に版木で文様を摺り込んだ装飾紙で、平安期には料紙として、室町以降は襖紙として発展しました。雲母(きら)や胡粉(ごふん)を用いることで光の角度により文様が浮かび上がる独特の光沢と立体感が特徴です。現代では襖や屏風などの装飾に用いられ、日本の伝統工芸として継承されています。

葛布
(くずふ)

芭蕉布
(ばしょうふ)

唐紙
(からかみ)

その他の材料

椽(ふち)

屏風や襖などに使われる、骨組み(榾)の外側を取り巻く縁材を指し、書画部分の保護と装飾の役割を担います。江戸〜明治期には木製の縁に対して「あて字」として〈椽〉が用いられた経緯があり、現在も専門用語として用いられています。

軸先

掛軸の下部にある軸棒の両端に取り付けられた装飾部で、巻いたり開いたりする際の手がかりとなり、同時に掛軸本体を保護する役割を果たします。木材(紫檀・黒檀など)、象牙、水晶、陶磁器、金属、漆塗りなど多様な素材が使われ、形状や材質によって掛軸の格や印象が大きく変わります。

引き手

襖を開閉する際に手をかける部位で、襖紙を保護しつつ装飾的なアクセントにもなる重要な要素です。素材は銀・銅・真鍮などの金属のほか、木竹・磁器など多様で、桑・黒柿・黒檀など木目を生かしたものもあります。丸形や角形など形状もさまざまで、襖全体の雰囲気を大きく左右します。


(ふち)

軸先

引き手

道具

刷毛

糊を均一に塗布する「糊刷毛(のりばけ)」、作品を伸ばして裏打ち紙を撫でつける「撫刷毛(なでばけ/なぜばけ)」、叩いて紙同士を密着させる「打刷毛(うちばけ)」などがあります。ほかにも水刷毛・切継ぎ刷毛・しごき刷毛など多様な種類があり、毛材は馬・山羊・鹿・狸・豚の獣毛のほか、棕櫚(しゅろ)や津久(つぐ)などの植物繊維も用いられます。用途に応じて硬さやコシを選びます。

刃物

紙や裂地(きれじ)の裁断、木材の加工など、表具作業ではさまざまな包丁や小刀を用います。寸分の狂いなく仕上げるためには、刃の研ぎや扱いも重要な技術の一つです。中でも丸くカーブした刃を持つ「丸包丁」は、裏打ちを施した裂地を滑らかに正確に裁断するうえで欠かせない代表的な刃物です。

裏摺り(うらずり)

軸装の最終段階で、掛軸の裏面を数珠状の道具で擦り、糊による強ばりをほぐして全体にしなやかさと平滑さを与える作業を指す名称であり、その際に用いる数珠状の道具自体も「裏擦り」と呼ばれます。かつてはムクロジの種が用いられ、現在では水晶やガラス球などの滑らかな玉が使われます。

鉋(かんな)・鑿(のみ)・鋸(のこぎり)

その他小道具

刷毛

刃物

裏摺り
(うらずり)

鉋・鑿・鋸
(かんな・のみ・のこぎり)

その他小道具

江戸表具を新規に作成なさる際や、お使いの表具類を作り替えられる際には、是非伝統的な技術・技法、良き素材のものを用いていただけることを願います。
その施工には江戸表具を継承する東京表具経師内装文化協会の表具師(会員)に、ご用命いただければ幸いです。
ページトップへ戻る